五十嵐早香生誕祭2021 in SKE48劇場


11月5日五十嵐早香生誕祭

出演メンバー:青木莉樺・五十嵐早香・石塚美月・伊藤実希・澤田奏音・杉山歩南・西井美桜・林美澪

進行:澤田奏音

お手紙

お父様より(代読:青木莉樺)

 

早香へ。

日本の小学校を卒業後、6年間留学したフィリピン・バギオ市では色んなことがありましたね。

最初は英語が話せないから一般のクラスに入れず、職員室で個人授業を受けていたけどとてもつらそうで、時々泣いていたのを覚えています。

友達がいなかったから学校から帰宅すると毎日自分の部屋にこもり、日本のアニメを見まくって現実逃避みたいなことをしてた時は正直すごく心配でした。

でもその後の潮目が変わった出来事は今でも忘れません。何を思ったのか突然コスプレをしてバスに乗って街に出て行った時は本当に驚きました。

やがてコスプレイヤーの友達がたくさんできましたね。

コンテストの前になると勉強そっちのけで毎日夜中まで衣装や道具を作ってた時は、親としてこれでいいのだろうかと心配したけど、真剣な顔で没頭しているあなたの顔を見て何も言えませんでした。

フィリピンの学校には部活動もありませんから、大勢コスプレイヤーが集まって行われた北ルソンブロック大会で優勝し、みんなでマニラの決勝大会の応援に行けたのもあなたのおかげで楽しい思い出になりましたよ。

時が経ち、夏休みの一時帰国で初めてアルバイトを経験。そこへ来たお客さんから10期生のオーディションを勧められたのが人生の転機でしたね。

オーディションが進む度にバギオから6時間かけてマニラに行き、飛行機で名古屋に向かう姿に必然のようなものを感じました。

運良く合格させてもらえて本当に良かったね。

SKE48に加入して初めの1年間はコンサートや劇場公演、それと何回か雑誌に載せてもらえたりと順調に見えました。

でも2年目は人生最大の挫折を経験しましたね。

リハーサルで起きた足の怪我によるトラウマ、仲の良かった同期メンバーの卒業も重なったからか体調不良で半年間の休業をしました。

当時の研究生は覚えることが多く、伸び盛りであったため、あなたはみんなに置いていかれてしまうのが怖かったのでしょう。病気になってしまったこと、休んでしまったことを悔やみ、唇を噛みしめながら泣いていました。

でもあの時、パパとママはあなたを慰めることくらいしかできなかった。ごめんね。

でもね、少し長く生きているとパパにも似たような経験があったけどきっと大丈夫。長い人生いくらでも失ったものを取り返せるし、もし将来同じ経験をする仲間がいた時にはアドバイスすることもできると思う。

パパとママはあなたを20年間見てきたから、その底力があることをよく知っています。

だから決して焦らず、周囲の人達に対していつも感謝の気持ちと謙虚さを忘れずに、ゆっくりでいいから前向きに進んで欲しいです。

最後になってしまいましたが、いつもお世話になっている10期や先輩のみなさん、マネージャーさんやスタッフのみなさん、そしてなによりも五十嵐早香をいつも応援してくださり、素晴らしい場をご用意してくださったファンの方々、生誕祭委員の方々へ。いつも感謝しています。本当にありがとうございます。

早香、こんなことをしてもらえるのって決して当たり前ではないし、パパもSKE48のオーディションを受けたいけど、それは無理そうだからパパの分まで存分にアイドルを楽しんでください。

10期のみなさん、この子は少し変だし、未だにみなさんのことを「さん付け」で呼ぶなど社交性に問題があるかもしれません。

ですが意外と気が小さいんです。お手数ですが、娘がこれからもみなさんのことを名字で呼んだらしつこく注意していただくと助かります。

P.S.

キャッチフレーズはもう少し短くした方がいいと思うな!

パパより

 

本人のコメント

はい、ということでですね、私のパパからの、通称パピーからのお手紙でしたね。

お父さんがアイドルになりたかったってのは初耳です。

すごいね、新しいことを聞きました。ありがとうございます。ね、この機会にね。

ということでですね、けっこうね、あの私、初めての実は生誕祭なんですけど、なんで私の経歴を話そうと思ったらだいたい全部話されちゃいましたね。すごいね、細かく書いてあったんですけど。

まぁ一応ざっと、みなさんが眠くならない程度にお話ししますと、まぁだいたい6歳ぐらいまでね、山の中で育って、お猿さんみたいに育ったんですけど、小学校に入る時になっておじいちゃんの都会の家に引っ越してきまして6年間小学校、普通に日本の女の子として生活したんですけど、なんと6年生卒業してからフィリピンに家族と移住となって、頑張って色々やって。

で、17歳ぐらいの時ですね、まぁコスプレとかなんか向こうでアイドル活動じゃないけど趣味でそういうことをはじめまして。

で、バイトをこっちで、夏休みの間ね、始めてたんですけど、その時にお客さんがね、SKE48のファンの方がいたんですよ。そう、で、そこでCDを渡されて、『FRUSTRATION』の。「これ、今オーディションやってるんだけど受けてみない?」ってことで言われて

で、家に帰って真剣に考えてみて、本当にアイドルになろうって考えて、その一歩としてSKEのオーディションを受けさせていただいて、で、なんとその一歩が、なんとなんと合格しまして、私無事に。

でね、約2年前だね、もう。そう、約2年前に合格して、で、こっちに引っ越してきて、で、色々ありました。

で、1年経ったぐらいですかね、冬、去年のちょうど今ぐらいの年に、そうちょっと休業に入ってしまって、応仁の乱がね、始まったので。

そう、みなさんご存知の応仁の乱、始まって。

そう、それでね。ありがとうございます。そう、応仁の乱ね、楽しいね。

ありがとうございます。そうなんです。で、無事今年の5、6月ぐらいにね、応仁の乱終えて復活しまして、元気でイェイ!イェイ!って五十嵐やってたんですよね。

五十嵐元気でやってて9月19日に誕生日を迎えたんですけど、20歳の誕生日ね、すごいあの、まぁ、おそらく一生忘れることのないような刺激的な誕生日を迎えました、20歳の誕生日ね。

すごい、刺激的なね。

あの、言わなくていいよ。

あの、色んな意味で刺激的な誕生日を迎えまして。

で、ちょっとやばいな、どうしようかなと思ってたところで今日ね、こうやって、まぁ無事に生誕祭をね、迎えることができました。

こんな、ざっとね、私の人生はこんな感じだったんですけど。そうね。

あっ、ありがとうございます。今日ね、拍手多いですね、やっぱり生誕祭ってね。ありがとうございます。すいません。ありがとうございます。

こんな感じなんですけど、ぶっちゃけ16歳ぐらいで私は止まってるんですよ、正直その色んな成長が止まっててですね。

で、やっぱりさすがに20歳になったんで、ちょっとここで人工的にね、革新を起こしたいと思って今日この場からこう変えることをね、3つご用意いたしました。はい。

ありがとうございます。ありがとうございます。ありがとう。

そう、で、そのうちの1つがまず1つ変えることがですね、まずは、基本的なこと、小学校で習ったと思うんだけど、みんな。「まず考えてから行動しよう」って言うね。

それを本当に、もう誕生日以来ね、考えてるんですけど、もう更に今日からちょっと強化をしようと思って「ちゃんと考えてから発言する、考えてから行動しよう」っていうね、基礎的なことなんですけどね、それをめちゃめちゃ、まぁ意識して、革新していきたいと思います。はい、そして、

あっ、ありがとうございます。またね、ありがとうございます。すごい、ありがとう。人生で一番拍手を受けました、今日ね。

嬉しい。ありがとう。

そして2つ目。2つ目がですね、まぁ私の愛しのママ・パパ、通称パピー・マミーって呼んでるんですけど、パピー・マミーをね、ちょっとこの場を利用させていただきます。すいません、あの、直接ね、ほんと20歳の誕生日になったらママとパパに言おうと思ってたんですけど、ちょっとこの場をお借りしますね。

あの、「ママ、パパ」今日から「お父さん、お母さん」って呼ばせていただきます。

絶対ね、見てるんですよ。うちのママとパパは。私大好きなんで、私のこと本当に好きで、絶対生誕祭、今ね、もう生配信見てると思うんですけど。そう、見てるね、ママ・パパじゃなくてこれか「お父さん、お母さん」って呼ばせていただきます、20歳なんで。そこのところよろしくお願いします。

はい、ありがとうございます。ありがとうございます。

そうして3つ目。3つ目ですね。3つ目はちょっと、忘れちゃったなあ。

これが問題なんですね、私ね。

3つ目がですね、あとちょっと。ちょっと待ってね。ちょっとちょっと、降りてきます、降りてきます。いいですか?

んー。やばい、思い出せない。困りましたね、みなさん。どうしましょう。えー、どうしよっかな。困ったな。花綺麗だな。

あの、ちょっと思い出せないんですけど、多分私の、あっ、そうです。今日から。やっと思い出せました。ありがとうございます。

今日からね、ネガティブ人間をやめようと思います。これからポジティブでいきます、五十嵐。意外とね。

ありがとうございます。うるさいんですけど、うるさいんだけどね、意外となんかネガティブだったりしたんですよね。

まぁ自己肯定感をいきなり今日から上げるってことは難しいんですけど、そう徐々にね、ポジティブに生きてこようかなって思いますので、そこのところもよろしくお願いします。

でね、まぁ今日までこんな色んなことがありましたけど、結局ね、すごい今年私、あの一番嬉しかったことがあるんですね。それが、トーク会です。

加入して約、まぁ、ほぼ2年経とうとしてるんですけど、あの、応援してくださってた方を初めてリアルで見たんですよ、初めてね。最近のトーク会で初めてやっと見て、2年前から応援してくださった方をずっと見てなかったっていうのがなかなかレアなケースだと思うんですけど、そう初めて見させていただいて、「あっ、この人ってこういう顔してたんだ。この人ってこういう声してたんだ」って、「この人こういう性格だったんだ」っていうのをね、初めて知れて、ほんとにね、冗談抜きで涙が出るぐらい本当に嬉しかったんですよね。

そう、本当に嬉しくて。でも昨日ね、すごいね、「今日何言おうかな、今日何言おうかな」って昨日ずーっと考えてて、深夜まで。お風呂入ってる最中もずっと考えてたんだけど、結局ね、そのクサい感謝の言葉、ありきたりな感謝の言葉しか思い浮かばなくて。

でもほんとに、なんだろう、いつも恥ずかしがっちゃうんだよ、私。そう、今日この場合をね、せっかくなんでお借りしてね、ちょっといつもじゃ恥ずかしくて言えないことをね、せっかくだから言わせていただきたいと思います。

はい、まずね、そう、私覚えもあんまり良くなくて、けっこう同じミスをしちゃうんですけど、なのにね、嫌な顔せず、嫌な顔ひとつせず、ね、教えてくれる同期のみんなが私は大好きです。

私は、そう、ずっと見守ってくださって、支えてくださるマネージャーさん、スタッフの方は大好きです。

ありがとうございます。そして、私が何をしようともただただ無性に愛してくれるお父さん、お母さんが私は大好きで。

ありがとうございます。そしてね、もちろんみなさんですよ。こうやって来てくださって、ペンライト振ってくださるみなさんが本当に私は大好きです。ありがとうございます。

はい、ありがとうございます。本当に大好きなんですけど、でも結局自分のことはまだなかなかね、大好きにはなれないんですね。正直そこまでまだ好きになれなくて。

でも大好きなみんなが私のことを大好きでいてくれて、信用してくれてるので、そんな大好きな人たちが信用する1人の人間として自分のことを考えたら少しはその自分に自信が持てるようになりました。はい。

これから、なんだろうな、すごい、なんか色々まぁあると思います。やらかすと、多分ね。

やらかすと。多分じゃなくて絶対ね、なんかね、なんかしらやらかすんですよね、五十嵐ね。

でもね、そう、やらかすんだけど、これけっこう言ってるんですけど、その、これから起こる失敗を恐れてまた、なんだろう、無難な人間には私はなりたくないんですよ。

あっ、ありがとうございます。

なのでね、これからも失敗を恐れず、まぁ迷惑かけることもあるかもしれませんが、まぁこうやってたくさんの方に支えられてるのではっちゃけていきたいと思います。よろしくお願いします。はい。

そしてね、今日こうやって、何だろう、今日もね、あのー、こうやって来てくださるみなさんがいて、寒い中なのに本当にね、ありがとうございます。こうやっていつも応援してくださってるみなさまも、今日だけ赤白紫のペンライトを振ってるよって方々も本当にね、私は本当に本当に愛してます。ありがとうございます。

これから色々あると思うんですけど、そう、20歳の五十嵐を見て少しでも元気出たりね、勇気づけられたりする人が楽しんでいただける人ができるように私は悔いのないようカオスが20歳を過ごしたいと思いますので、ねぇ、よろしくお願いします。

今日はみなさま、本当に来ていただいてありがとうございましたね。スピーチ最後まで聞いてくださってありがとうございました。

五十嵐早香でした。

はやか先生お誕生日おめでとう。

 

それではまた(●´ω`●)